三ノ輪橋から早稲田まで、十二・二キロを結ぶ都電荒川線。東京都内に残る唯一の都電であり、住宅街の中をゆっくりと走り続けている。一両編成の車両がカーブを曲がるとき、レールの軋む音と、踏切で待つ自転車の音が混じる。観光化された区間と、住民の足としての区間が、ひとつの路線の中で並存している。
廃止を逃れた経緯
東京都電気局が運営してきた都電は、一九五〇年代にピークを迎え、四十一系統、総延長二百キロを超える路線網を形成していた。しかし、一九六〇年代以降の自動車交通の増大とバス・地下鉄への転換政策により、都電は急速に縮小した。荒川線(かつての二十七系統と三十二系統を統合)が残ったのは、専用軌道区間が長く、自動車との競合が小さかったためである。一九七〇年代に都電の大半が廃止されたあとも、荒川線だけが現役の路線として運行を続けてきた。
三十停留所の沿線風景
三ノ輪橋から始まり、町屋駅前、東尾久三丁目、熊野前、荒川車庫前、王子駅前、飛鳥山、新庚申塚、庚申塚、大塚駅前、向原、東池袋四丁目、都電雑司ヶ谷、鬼子母神前、面影橋、早稲田。住宅街、商店街、公園、寺社の境内裏、大学のキャンパスの脇を抜けて、各停留所の周辺に独自の生活圏が形成されている。乗降客の多くは沿線住民であり、通勤・通院・通学の足として日常的に利用されている。
沿線の銭湯と商店街
荒川線の沿線には、戦後に形成された商店街と、昔ながらの銭湯がいくつも残る。三ノ輪橋商店街、町屋の尾久銀座商店街、王子の親水公園と商店、巣鴨地蔵通り商店街、雑司ヶ谷の鬼子母神周辺。これらは観光地化された場所と、純粋に地元住民の買い物の場として機能する場所が混在している。沿線散歩を目的に荒川線を利用する人と、通勤・通院で利用する人が同じ車両に乗り合わせる。
「東京さくらトラム」という愛称
東京都交通局は二〇一七年に荒川線の愛称を「東京さくらトラム」と定めた。これは、飛鳥山公園と荒川区域の桜並木にちなんだもので、観光資源としてのアピールを強める意図があった。だが沿線住民の間では、依然として「都電」「荒川線」と呼ばれることが多い。愛称と通称の二重構造が、観光と日常の二面性を象徴している。
ゆっくり走る理由
荒川線の最高速度は時速四十キロ程度で、停留所間隔は短い。通勤時間帯でも全線の所要時間は約五十分程度である。これは速さを競う交通機関ではない。乗り降りのしやすさ、車窓から見える生活の風景、小さな停留所の名前。都電が今日まで残ってきたのは、住民の支持に加えて、ゆっくり走るという特性そのものが価値を持つようになったためでもある。
主な参照元
- 国土交通省「鉄道統計年報」
- 東京都交通局 路面電車関連資料
- 荒川区 区史
- 東京都統計年鑑