弁当という芸術:日常を構成する小さな宇宙
家庭の手作り弁当、駅弁、コンビニ弁当。容器の中の小さな構造の中に、日本の食文化の主要な要素が凝縮されている。江戸の腰弁当から現代のSNS文化まで、弁当の系譜を辿る。
JAPAN LIVING ARCHIVE
家庭の手作り弁当、駅弁、コンビニ弁当。容器の中の小さな構造の中に、日本の食文化の主要な要素が凝縮されている。江戸の腰弁当から現代のSNS文化まで、弁当の系譜を辿る。
三ノ輪橋から早稲田まで十二・二キロ。東京都内に残る唯一の都電が住宅街をゆっくり走る。専用軌道で生き延びた路線の歴史と、観光化と日常の足という二面性をたどる。
退社時、廊下、メールの冒頭、電話の終わり。日本の職場でもっとも頻繁に使われる「お疲れ様」は、本来の労いを超えて挨拶の万能語へと拡張してきた。世代差と感覚のずれを観察する。
墨田・江東の小さな工房で削られ続ける硝子の文様。加賀屋久兵衛から始まる江戸切子の系譜、矢来文・菊繋ぎ・魚子の伝統文様、機械化の限界と職人の手の領域を辿る。
京都・室町通りの呉服店に並ぶ唐草、青海波、市松の風呂敷。一枚布を結ぶことで運ぶ・贈る・包むを一手に担ってきた道具が、エコ意識の高まりとともに新しい使われ方を獲得している。
春の菜の花、初夏の空豆、秋の秋刀魚、冬のぶり。スーパーの陳列が均質化していく中でも、日本の食卓は季節を強く意識する。走り・旬・名残の三段階、二十四節気、行事食という生活の時計を読み解く。
関東のうどんつゆは黒く、関西のそれは透き通っている。鰹節の関東、昆布の関西という分かれ方は、北前船の航路と漁場の地理によって規定された。同じ料理が東西で別の体系として成立する理由をたどる。
神田駅東口の高架下、靖国通りから一本入った路地。戦後の幅のままの裏通りで明治・大正期創業の老舗が今も営業する。再開発の圧力と古い商業集積、両方の力学が交差する街の構造を読む。
墨田区の住宅街、夕方の煙突から立ちのぼる白い煙。東京の銭湯は最盛期から大幅に数を減らしてきたが、今も街の生活インフラとして稼働している。公衆浴場法、地域社交の場、若い世代による再生まで。
神保町の古書店街で開店前の喫茶店から漏れる豆の香り。日本人の朝のコーヒーは、いつどのように生活へ組み込まれたのか。家計調査と業界統計から、日常の一杯を読み解く。